X線を利用したモモシンクイガ被害果検査装置

モモシンクイガの幼虫は、モモ、リンゴ、梨などの果実を食害する。台湾の検疫で被害果が発見されると日本からの輸出が禁止される。目視検査での発見は非常に難しいため、X線を利用した被害果検査装置を研究開発し、JAの共選所で実証試験研究を行っている。本稿では、検査装置のシステム構成と実証試験研究の内容について報告する。

はじめに

モモシンクイガの幼虫は、モモ、リンゴ、梨などのバラ科の果実を食害する。体長12~20mmの成虫(蛾)はモモ果実表面に直径約0.3mmの卵を産卵する。ふ化後の幼虫の頭径は、約0.2mmで果実内に食入、果実内部を食害して老齢幼虫が果実から脱出、土の中で蛹化し、成虫となるサイクルを繰り返す。

気温25度の条件で、卵の期間は7日、幼虫として果実内部にいる期間は18日、脱出後は2日、蛹の期間は10日、成虫の期間は8日である1) 。2016年のモモの輸出量は1,308トンであり、輸出金額は12億円である。

モモの輸出金額はリンゴ、ブドウに続き3番目であり、2011年以降、図1に示すとおり堅調に伸びている2) 。特に香港向け輸出モモの増加が著しい。台湾は2006年に固有種を守るという趣旨で、検疫強化を行った3)


図1 モモ国別輸出数量と金額の推移

それは、輸出年度内にモモシンクイガ(卵、幼虫、成虫)が台湾検疫で発見された場合、1回目は「当該都道府県へのモモ、リンゴ、梨などの寄主生果実の輸出禁止措置」、2回目には「日本全国への寄主生果実の輸出禁止措置」と非常に厳しい措置である。

この検疫強化を受け、日本では共選所におけるルーペを利用した全数検査の手順を決めた。しかしながら、モモシンクイガの卵とふ化直後の幼虫の食入孔は非常に小さく検査に熟練した技術を必要とする。モモ1個当たりの検査時間は60秒以上要する。

2010年8月23日、台湾の輸入検疫検査で山梨県から輸出されたモモ生果実からモモシンクイガの幼虫が発見されたため、山梨県から台湾への寄主生果実の輸出が禁止された。これを受け山梨県は2010年10月27日に山梨県、山梨大学、山梨県内企業、農業関係者でモモシンクイガに対する対策会議を開催した。山梨県は原因究明および改善措置を台湾当局へ提出し、輸入禁止措置の解除を要請した。

2010年12月27日に禁止措置が解除されたが、すでにモモの収穫期は終わっていた。 山梨県が台湾に提出した改善措置は長時間の全数目視検査工程である。台湾での需要はあるにもかかわらず、熟練した検査者の不足もあり、現在の輸出金額は図1に示すとおり、モモシンクイガの幼虫が発見された前年にいまだ及ばない4)

本研究では、農業の将来的な人手不足対策、輸出振興を目的として、モモシンクイガによるモモ果実の被害果を検査するシステムを研究開発する。検査システムの実用化を目的として、検査時間を短縮し、誤検出の確率を低減させる。 本稿では、X線を利用したシステム構成、X線透過画像を用いた検査方法について述べ、2016年から実施している実証試験の内容を報告する。

山梨大学医学部での基礎実験

山梨大学医学部のX線装置を利用してモモシンクイガの幼虫検出の基礎実験を実施した。図2に示す人体撮影用のX線撮影装置(SIEMENS社製SIREMOBIL Compact L:解像度1,024×1,024画素)を利用した。


図2 X線撮影装置

モモ果肉に孔を開け、そのX線画像を取得しデジタル画像処理を行い、検出可能であることを確認した。モモの種の影響を避けるため図3に示すθ軸回転テーブルでモモを回転させて複数枚の画像を取得した。この基礎実験を基に、JST A-Step FS 2011年度第2回の支援を受け研究を実施した。詳細は誌面の都合上、文献5、6) を参照されたい。


図3 θ軸回転テーブル

平成 26年度農水省補正予算での研究開発

山梨県と相談を行い、平成26年度農林水産省補正予算に申請を行い課題が採択された。課題名は、「農林水産省ロボット技術開発実証事業:モモにおけるモモシンクイガ被害果の検出システムの研究開発」である。プロジェクトのURLを文献7)に示す。

平成 27年度農水省補正予算での研究開発

平成26年度の補正予算の研究により、さらなる実証試験研究が必要なことが判明したため、平成27年度農林水産省補正予算に申請を行い課題が採択された。

課題名は、「革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト):モモの検疫検査及び箱詰め作業等の自動化による作業負担と人件費の軽減の実証試験事業」である。研究期間は平成28年度から平成30年度の3年間である。プロジェクトのURLを文献8)に示す。

1)システム構成
台湾の厳しい検疫検査に対応するため、システムはモモシンクイガの卵除去サブシステム(図4)、食入孔検出サブシステム(図5)、食害痕検出サブシステム(図6)から成る。


図4 卵除去


図5 食入孔検出


図6 食害痕検出

卵除去サブシステム(図4)は、複数方向からのエアをターンテーブル上に置いたモモ表面に噴射して卵を除去する。左右のエア噴射口は上下に移動する。食入孔検出サブシステム(図5)は、斜め上、真横、斜め下に設置した高解像度カメラで画像取得を行う。60度刻みでモモを回転させて、合計18枚の可視光画像から食入孔を検出する。

食害痕検出サブシステム(図6)は、階調12ビット(4,096レベル)、2,352×2,944ピクセルの高解像度X線フラットパネルセンサを有し、きわめて小さい食害痕を検出することが可能である。

モモの種の影響を避けるためモモを回転させる必要がある。モモは非常に傷みやすいので特許取得済み 9) のハンドリングポジショナー(図7)の緩衝シートで包み、X線装置内部でモモを回転させて、6方向から撮影を行う。


図7 ハンドリング装置

2)緩衝シートのX線評価
モモを包む緩衝シートがX線検査に与える影響を評価する。実験条件は以下のとおりである。
• X線装置の電圧・電流:80kV・0.5mA
• 画像解像度:1,920×1,200pixels
• モモサイズ:89×88×79mm(W、D、H)
• モモ重量:325g
• 注目領域としてモモ内部を指定(400×400pixels)
• 比較シート:14種類、水平と斜め(60度傾斜)

表1の1~7と図8左は、素材そのもの、表2の8~14と図8右は、7の不織布に各種シートを接着したものである。透過率T 1 の算出式を式(1)に示す。

T 1 =Io/Is×100[%] ・・・(1)
ここで、Io:シートなし反転画像の輝度値合計
Is:シートなし反転画像の輝度値合計

表1~2の各種シートの透過率を図9に示す。図9に示すとおり、シート種類による透過率の変化は5%以内であった。本研究で使用するシートはシート番号7であり透過率は99.2%である。


表1 比較シート(素材そのもの)


表2 比較シート(各シートを接着)


図8 シート外観
(左:素材/右:シート接着)


図9 各種シートの透過率

3)X線の統計的ゆらぎ対策
 X線を用いて画像認識を行う場合、X線の統計的ゆらぎ(X線光子密度の変動)を考慮する必要がある。対象測定物を静止したまま複数枚のX線画像を取得して各画素の平均を求めることで対応する。

ノイズ率Nrの算出式を式(2)に示す。32回平均画像を基準としている。
Nr=(I B_n -IB _32 )/IB _32 ×100[%] ・・・(2)

ここで、I B_n :n回平均画像の輝度値合計
    IB_32:32回平均画像の輝度値合計

平均なし(n=1)の場合、ノイズ率は0.241%、16回平均(n=16)を行った場合、0.011%に減少した。取得画像(n=1)、16回平均画像、それぞれの輝度ヒストグラムを図10図11に示す。16回平均を行うことで、スパイク上のノイズが低減されていることがわかる。


図10 平均なしのモモX線画像のヒストグラム


図11 16回平均のモモX線画像のヒストグラム

4)被害果検出手法 
X線を用いて果実内部の食害箇所を検出するために、複数方向から取得したX線透過画像に対して画像処理を行い被害の有無を検出する。検出手順は、はじめに輝度勾配ベクトルを算出し、次に輝度勾配ベクトルの集中度を算出する 10)

図12左に被害果のX線透過画像を示し、図12右にX線透過画像の輝度勾配ベクトル画像を示す。図12右は、勾配方向をHSV表色系の色相を用いて表し、勾配強度をHSV表色系の彩度を用いて表している。


図12 X線撮影画像(左)と画像処理結果(右)

丸で囲んだ被害箇所では、周辺と比べて勾配方向が異なり、勾配強度も大きく変化している。さらに輝度勾配ベクトルが被害箇所に集中していることから、輝度勾配ベクトルの集中度 10)を算出し、集中度によって被害の有無を判定する。

点P(x、y)における集中度Cは、注目範囲内にある点Q(x’、y’)における勾配ベクトルと線分PQの成す角θqから算出する。点Pと点Qの位置関係を図13に示し、集中度Cの算出式を式(3)に示す。


図13 集中度C

ここで、m(x’、y’):点Qにおける勾配強度θq(x’、y’):点Qにおける勾配ベクトルと線分PQとの成す角を表す 図14に被害果の集中度画像を示す。集中度が閾値以上の画素を被害箇所として検出する。


図14 被害果の集中度画像

実証試験研究

前章の節1に示したシステムをJAふくしま未来、JAフルーツ山梨、JAふえふきの各共選所に設置し、台湾向け輸出モモと同等のモモでシステムの実証試験研究を行った 11) 。実証試験研究の手順を以下に示す。

1)卵除去サブシステム(図4)によりモモ果実表面のモモシンクイガの卵と毛じの除去
2)食入孔検出サブシステム(図5)によりモモシンクイガ幼虫の食入孔の検出
3)ルーペを利用して卵、食入孔、傷、傷みの確認(図15
4)サイズ(縦、横、高さ)と重量の測定(図16、17
5)複数方向からモモのX線透過画像取得(図12左
6)デジタル画像認識処理(図12右
7)X線CT撮影装置でCT画像取得(図19
8)スライサを利用して4mm間隔でモモをスライスして幼虫の確認(図18
9)40片程度にスライスされたモモ果実(図20


図15 ルーペによる検査


図16 サイズ測定


図17 重量測定


図18 スライサ


図19 CT画像表示例


図20 スライス片から幼虫の確認


図21 実証試験で発見された幼虫

おわりに

台湾の厳しい検疫規則に対応するためのモモシンクイガ被害果検出システムに関して記した。モモシンクイガの幼虫は、国内に流通しているモモ果実にも存在する。贈答用のモモの場合、本システムで検査をすることで、モモシンクイガ幼虫の存在しないモモを選別することが可能となり、産地のブランド化が期待できる。

さらに本システムは、モモだけでなく、リンゴ、梨、スモモの果実にも適用可能である。梨の果実にドリルの刃で4mm、3mm、2mm、1mm、0.5mmの直径の孔を開けてX線画像を取得した結果を図22に示す。

現在まで、JA共選所で2シーズンの実証試験研究を行った。残すのは平成30年度のシーズンのみである。平成30年度の実証試験機のイメージを図23に示す。


図22 梨のX線画像取得例
(左)写真 (中)X 線透過画像 (右)拡大画像


図23 平成30年度の実証試験機イメージ

検査は1名のみで可能として、モモシンクイガの卵除去、幼虫の食入孔検出、幼虫の食害痕検出、自動箱詰め、自動箱搬送までの一連の工程を同一レーンで行い、処理の高速化とJA共選所での人件費の軽減を計る。 本研究は生研支援センターが実施する「革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)」の支援を受けて行った。

※映像情報インダストリアル2018年3月号より転載

■ 参考文献
1) 川嶋浩三: モモシンクイガの生態に関する基礎的研究」, 青森県農林総研りんご試研報,Vol.35,pp.1-51 (2008)
2) 農林水産省:「農林水産物輸出入概況2016年(平成28年)」, p.38 (2017)
3) 台湾向け生果実検疫実施要領:平成18年2月7日,17消安第11342号,農水省消費・安全局長通達
4) 大阪税関調査統計課:2014年6月18日,2017年3月22日
5) 小谷信司:「X線透過画像による芯食い虫のモモ被害果検出システムの開発」,画像応用技術専門委員会報告,Vol.27,No.3, pp.9-16(2012)
6) 小谷信司・鈴木裕:「X線透過画像による芯食い虫のモモ被害果検出システムの開発」,精密工学会誌,Vol.79,No.11, pp.995-998 (2013)
7) http://www.ccn.yamanashi.ac.jp/~kotani/maff_robot/
8) http://www.ccn.yamanashi.ac.jp/~kotani/naro_robot/
9) 寺田英嗣:「緩衝シート,緩衝シートの製造方法及び製造装置」,特許登録第6127340号,2017/04/21
10) 小畑秀文:「ベクトル集中度フィルタとその医用画像処理への応用」,電子情報通信学会論文誌. D-II,Vol.87,No.1,pp.19-30 (2004)
11) 渡辺寛望,鈴木裕,牧野浩二,丹沢勉,石田和義,寺田英嗣,小谷信司:X線を利用したモモシンクイガ被害果検査システムの実証試験研究,IMEC20172A1-3(2017)

■お問い合わせ
山梨大学 工学部
TEL:055-220-8469
E-mail:kotani@yamanashi.ac.jp
URL:https://www.yamanashi.ac.jp/

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