Princeton Instruments 短波長赤外カメラ「NIRvana」

従来のイメージセンサは、シリコン(Si)をベースに構築されたCCD・CMOSイメージセンサが主流であった。これは人間の目に感度のある可視光領域(400~700nm)をカバーするに十分なスペクトル帯域をもっている。

しかし近年、可視領域以外の映像を活用しようとする試みが盛んである。近紫外領域での応用もその1つであるが、この用途にはSiを使ったイメージセンサが主流である。

一方、赤外領域では別の材質の半導体を使い、Siよりさらに波長の長い赤外領域の撮像が可能なイメージセンサの研究が盛んであり、その代表例がInGaAs(インジウムガリウム砒素)イメージセンサである。

本稿では、Princeton InstrumentsにおけるInGaAs2次元イメ-ジセンサカメラ「NIRvana」を紹介する。

Princeton Instruments NIRvanaカメラ

米国Roper Technologies, Inc.傘下のPrinceton Instruments(以下、PI社)では、640×512画素のInGaAsイメージセンサを採用したカメラを発売している。

電子冷却と液体窒素冷却の2種類があり、電子冷却では−80℃まで冷却可能なNIRvana640と−60℃まで冷却可能な低価格モデルの640STがある。液体窒素冷却モデル640LNは-190℃(83K)までの冷却が可能で、長時間露光に適している。

外観を図1に、その特性を表1に示すが、640LNの超低温冷却による暗電流の低さが際立っている。電子冷却タイプでは、110fpsの高速性も特徴である。PI社は主に理化学研究分野向けのカメラを製造しているが、NIRvanaの応用分野も殆どが研究向けである。

図1 Princeton InstrumentsのNIRvanaの外観
(左:電子冷却タイプ/右:液体窒素冷却タイプ)

表1 NIRvanaのモデル別特性比較

InGaAsイメージセンサの特徴

赤外線は可視光に比べて波長が長く、光子のもつエネルギーが小さい。したがって、センサ内で光励起される電子のエネルギーが小さく、光を電荷に変換するには、Siより狭いバンドギャップの材料でなければならない。

化合物半導体であるInGaAsは、バンドギャップがSiよりも狭く、その結果、0.9~1.8μm領域といった近赤外(NIR)・短波長赤外線(SWIR)領域に感度がある。本稿では、Siでも感度のある0.8~1.0μmをNIR、それ以上のInGaAs帯域の1.0~2.0μmをSWIRと呼ぶことにする。

赤外光と可視光を比較した時の特徴は、「光の侵入度(Penetration Depth)が深い」、「光の散乱が少ない」、「自己蛍光がない」などである。一方、この波長帯には水の吸収帯があるので、バイオ・医療関連応用には注意が必要である。

またバンドギャップが狭いということは暗電流が発生しやすく、また安定した動作特性を得るために、何らかの方法で冷却することが必須である。Siでの分光特性は温度に対してあまり変化しないが、InGaAsイメージセンサの感度波長域は温度依存性がある。

図2にNIRvanaの量子効率(QE)スペクトラム特性を示す。室温での電子冷却時と、液体窒素で冷却した時のQEスペクトラムの温度変化を見ることができる。

図2 InGaAsイメージセンサの分光特性
温度により感度領域が異なることに注意。

理化学研究分野向けのカメラでは、その特性を最大限に生かすために、Siイメージセンサにおいても冷却して使用するのが一般的である。PI社においても、従来からイメージセンサを冷却して使用している。

イメージセンサを大気中で使用すると、大気中の水分がセンサ面に結露する危険性がある。したがって、一般的なイメージセンサのパッケージが使用できず、ここに研究分野向けカメラメーカ各社のノウハウが秘められている。

特にPI社ではInGaAsカメラを作るにあたって、イメージセンサの冷却には、従来以上の特別な注意をはらっており、新規にイメージセンサ全体が収まる、小型の真空チャンバー型メタルパッケージを開発した。図3にその写真を示す。ウインド部分には、NIR・SWIR透過用の特殊コーティングが施してある。

図3  NIRvanaのイメージセンサ真空冷却 メタルパッケージ

NIR・SWIR 波長域での一般的な応用分野

 光の侵入度は波長に比例しており、可視光よりもNIR・SWIRの方が被写体の内部まで光が到達する。この長波長領域に感度を有するカメラを使うと、人間の目では見られない被写体表面内部を見ることが可能となる。さらに、被写体の熱にも感度を有するようになる。

したがって、従来人間の目視検査では発見できなかった表面内欠陥や内部混入物、表面内部の熱源等を発見することができる。その他一般的な応用分野としては、太陽電池等の半導体の検査、光線力学療法における最先端医療、ハイパースペクトル画像処理による地質・地形の詳細な調査等ですでに利用されている。

PI社の理化学研究分野での応用例

PI社の製品が多く利用されている理化学研究分野での応用例の中から、すでに論文発表されている公知の実施例をいくつか紹介する。

1)マウスの赤外波長の侵入度依存 1)
図4にマウスを皮膚の外部から撮影した画像の対波長比較を示す。NIRvanaで撮影された波長0.85μm以上の(NIR+SWIR)画像と波長1.3μm以上のSWIR画像を示すが、SWIR帯域の方が、皮膚内部の画像が鮮明に撮像されている。特にSWIRにおいては、蛍光造影された血液画像を、より鮮明に見ることができる。

図4 マウスのNIR/SWIR画像の比較

2)次世代in vivo SWIRイメージング 2)
図5に示すのはマウスの脳の血管造影擬似カラー画像である。量子ドットと呼ばれる蛍光微粒子を血管に注入、808nmのレーザーでマウス体外から光励起し、波長1.0μm以上の蛍光画像をNIRvanaで撮影したものである。将来の医療検査方法として期待される。

図5 量子ドットの蛍光を用いたマウス血管造影画像
波長の異なる3 枚の擬似カラー画像を合成。

3) 希土類物質(酸化イットリウム)の1.5μmにおける蛍光の電磁ダイポールによる影響 3)
希土類物質の電磁波効果で、発光される1.5μm近辺のSWIR光をNIRvanaで撮影・分光解析することで(図6)、電磁ダイポールの寄与を観測することに成功した。

図6 イットリウムの電磁モーメント効果
SWIR 光の分光分析

そのほかにも、多くの論文にPI社・NIRvanaカメラを使用した応用例が見られる。近年話題となっているカーボンナノチューブ4~6) 等の材料工学的最先端研究分野でも活躍している。

むすび

現在、InGaAsイメージセンサを使ったカメラは、センサ自体が高額であることもあり、工業分野等の一般的な使用例に見られることはあまり多くない。

しかし、理化学研究分野では、NIR・SWIR領域の人間の目に見えない波長帯域の可視化が可能なため、この分野での研究で注目されている。

たとえば皮膚の表面下や血管を可視化できることは、実際の医用・医療分野で、遠からず実用化が期待でき、今後、広く人の目に触れる機会も増えてくるものと考える。より多くの分野において、今後の発展が期待される。

※映像情報インダストリアル2018年7月号より転載

■ 参考文献
1) J.A.Carr et al: Shortwave Infrared Fluorescence Imaging with the Clinically Approved Near-Infrared Dye Indocyanine Green. Proceedings of the National Academy of Sciences doi: 10.1073/pnas.1718917115, April 28, 2017

2) O.T.Bruns et al: Next-generation in vivo optical imaging with short-wave infrared quantum dots. Nature Biomedical Engineering, April 2017 Volume: 1, Article Number: 0056, April 10, 2017

3) D.Li et al: Quantifying and controlling the magnetic dipole contribution to 1.5-μm light emission in erbium-doped yttrium oxide. Physical Review B 89, 161409, (2014)

4) A.Graf et al: Near-infrared exciton-polaritons in strongly coupled single-walled carbon nanotube microcavities. Nature Communications | DOI: 10.1038/ncomms13078, October10, 2016

5) D. Roxbury et al: Cell Membrane Proteins Modulate the Carbon Nanotube Optical Bandgap via Surface Charge Accumulation. ACS Nano, 2016, 10 (1), pp 499–506, December 11, 2015

6) Y.Zakharko: Broadband Tunable , Polarization-Selective and Directional Emission of (6,5) Carbon Nanotubes Coupled to Plasmonic Crystals. Nano Letters, 2016, 16, pp3278-3284, April 22, 2016

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TEL: 03-5639-2741
E-mail:ytakizawa@roper.co.jp
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